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一度は行くべき!
沖縄の世界遺産は絶景ばかり

  • 首里城
  • 今帰仁城跡

その場所に立ち入るだけで、不思議とパワーを貰えることもある世界遺産。沖縄にもいくつか世界遺産登録されているスポットがあります。 沖縄の世界遺産は5つのグスクと、その関連遺産の4つの遺物で成り立っていて、正式名称を「琉球王国のグスク及び関連遺産群」といいます。日本で11番目の世界遺産として、2000年の第24回世界遺産委員会会議にて登録されました。
沖縄の世界遺産は本土にある城跡や建造物とは違った独特な雰囲気があり、5つのグスクはすべて高台にあるので、そこから絶景が望めるのも魅力の一つ! ここでは、そんな5つのグスクと4つの関連遺産についてご紹介します。

豪華絢爛! 県内最大規模の城 首里城

首里城

写真提供:首里城公園

沖縄の首里の街にそびえ立つ、鮮やかな朱色と独創的な建築様式が特徴の首里城。ご存じ、沖縄を代表する人気観光スポットのひとつです! 首里城は、沖縄がまだ琉球王国だった1429年から1879年までの約450年間にわたり国王の居城とされていた場所。政治や外交、文化の中心とされていた、王国が栄えていく上でなくてはならない存在だったのです。
そんな首里城は、琉球王国が沖縄県になったあと、1879年の春に日本軍の駐屯地や学校として使われるようになり、さらに1945年にはアメリカ軍の攻撃により全焼します。その後、1992年に国営公園として復元されました。
首里城と聞いて多くの方がイメージするのは、重厚感のある朱色と所々に施された装飾が特徴的な建物ではないでしょうか? これは「首里城正殿」といい、正殿の前には首里城の中心部となる「御庭(うなー)」が広がっています。そして、この御庭を囲むように正殿から向かって南側に「南殿」、左側に「北殿」があります。

守礼門

写真提供:首里城公園

沖縄旅行で首里城を訪れた際は、ぜひ首里城公園レストセンター「首里杜館(すいむいかん)」から首里城正殿までの道のりを辿ってみてください! 正殿までの道のりには、首里城にある城門の中でも代表格とされる「守礼門」、城郭内へ入るひとつ目の正門「歓会門」、古くから飲料用の湧水として使われていた「龍樋(りゅうひ)」、その龍樋の周りに設置される7つの石碑「冊封七碑(さっぽうしちひ)」など、たくさんのスポットがあります。石積みや装飾、彫刻などをじっくり眺めながら進んでみるのも、新たな発見があってよいものですよ。 ちなみに、首里城公園内には琉球料理が食べられるレストランもあるので、観光ついでにお食事も済ませてしまうのがおすすめです。

遮るものは何もない。360°に広がるパノラマ 勝連城跡

勝連城跡

勝連城は、15世紀頃に有力按司・阿麻和利の居城として使われていた場所です。沖縄にある最古のグスクで、造られたのは12世紀頃と伝えられています。自然の断崖をうまく利用した形状で、「難攻不落の城」ともいわれています。
そんな勝連城跡の特徴は、石造建築でありながらも女性のようなしなやかさを感じさせる曲線美の城壁と、城を囲むように大きく旋回した階段。勝連城跡は「曲輪(くるわ)」と呼ばれる区画からできていて、曲輪と曲輪の間を長い階段で繋いでいます。曲輪とは、城の中心である本丸とは別に設け、防御陣地・建造物が建てられたエリアのこと。お城によっては、妻子が暮らす場所として使われていたり、物資の保管庫として使われていたりしたそうです。
勝連城跡の「三の曲輪」に上がるための階段の標高差は、なんと20メートル! これは敵が攻めてきたときに対抗できるようにという意図があって造られたものなので、気合いを入れて進んでいきましょう。最も高い位置にある「一の曲輪」まで到達すれば、城壁の向こうに沖縄の街並みやスカイブルーの海、知念半島や久高島などを一望することができますよ。その息を飲むような景観から、世界遺産の中でも高い人気を得ている勝連城跡。ぜひあなたの目で確かめてみてくださいね!
車で約10分の場所には人気の絶景スポット「海中道路」があります。ここは、道路が低めに造られているのが特徴。左右を海に囲まれているので、まるで海の中を走っているかのような感覚が味わえます。また、パーキング内には道の駅(海の駅あやはし館)があり、食事をしたり地元の特産品を購入したりすることもできます。

万里の長城を思わせる城壁。沖縄屈指の名城 今帰仁城跡

今帰仁城跡

写真提供:OCVB

今帰仁城の歴史はとても古く、13世紀まで遡ります。標高約100メートルの位置にあり、また頑丈な城壁に囲まれていたことから、やんばる(沖縄本島北部)の地を守る要の城として利用されていた今帰仁城。14世紀には北山王国の国王の居城とされていましたが、1416年に北山王国が滅亡してからは北部地域を管理するための監守が設置されることになります。しかし、1609年に薩摩郡に攻め入られ炎上。以後は多くの参拝者が訪れる御嶽へと姿を変え、後に世界遺産に登録されました。
今帰仁城跡の見どころといえば、全長1.5キロにも及ぶ城壁です。長い蛇のように曲がりくねる城壁は、敵の攻撃に太刀打ちできるよう設計されたものなのだとか。やんばるの地を守る要の城といわれるだけあって、高く積まれた城壁は圧巻で、「一体どうやって積み上げていったの?」など、さまざまな歴史ミステリーを楽しみながら進んでいくことができます。さらに、小高い丘の上にある城跡からの絶景も見どころのひとつ! 緑豊かなやんばるの景色を心ゆくまで満喫してくださいね。

今帰仁グスク桜まつり

ほかにも今帰仁城跡では、桜まつりや三線の日イベントなど多くのイベントが開催されます。沖縄の世界遺産の中で最北端にある今帰仁城跡。「今帰仁グスク桜まつり」では、寒緋桜の名所と知られる北部ならではの美しい桜を楽しむことができます。ライトアップにより色とりどりに照らされる城壁と、ぼんやりと浮かび上がる桜のコラボレーションを堪能できるのは今帰仁城跡だけ! 「こんなロマンチックな世界遺産は見たことがない!」と毎年大人気のイベントなので、スケジュールが合えば(例年1月下旬~2月上旬開催)ぜひ参加してみてくださいね。

美しい構造は有能な建築家のワザ 座喜味城跡

座喜味城跡

座喜味城は1420年頃、読谷山按司(よみたんざんあじ)・護佐丸により造られたお城です。これにより功績を認められた護佐丸は、読谷山の按司として国王の琉球統一を支えるため全力を尽くします。そして座喜味城は、護佐丸の居城として使われることになるのです。
しかし1945年、座喜味グスクは沖縄戦で日本軍の高射砲陣地として使われ、その後はアメリカ軍のレーダー基地が置かれるようになります。座喜味グスクが再び沖縄に戻ってきたのは、史跡に指定された1972年のことでした。
先進的で、美しい曲線が特徴の座喜味城跡。城門となっているアーチ門は、沖縄に現存するものの中では最古の形態とのこと。門をくぐると、きれいに整えられた通路と背の低い芝生が広がっていて、まるでどこか知らない場所へタイムスリップしたかのような不思議な気持ちを味わうことができますよ。

座喜味城跡を上空から

そんな座喜味城跡を城壁の上から見てみると、その形はまるで現代ダムのよう! この独特な構造には、外からやって来る敵を監視できるようにという意図があったそうです。観光の際は、「ここから敵を監視していたのかな」などと先人たちのことを想像しながら歩いてみてはいかがですか?
ちなみに、座喜味城跡から車で約10分の場所にはやちむんの里があります。やちむんの里は、人気のやちむん作家が作った自慢の作品を手にできる、沖縄の穴場スポット! 工房や売店で作品をチェックすることはもちろん、ギャラリーやカフェもあるので退屈せずに楽しむことができますよ。沖縄旅行のお土産にもぴったりなので、ぜひ気軽に立ち寄ってみてくださいね。

歴史ロマンに触れてみて! アーチをくぐれば気分は琉球王国 中城城跡

中城城跡

写真提供:OCVB

中城城は、14世紀中頃に先中城按司が数年代にわたり築き上げ、1440年に読谷村の按司・護佐丸が王命により増築し完成させたお城。詳細は未だ分かっておらず、先中城按司の居城であったと伝えられていますが、城主が護佐丸である説が有力です。
王命により読谷村按司から中城按司となった護佐丸でしたが、1458年、天下を狙う阿麻和利(あまわり)の計画により妻子ともに自害することになります。護佐丸が亡くなったあと、中城城は王府が支配することとなり、1470年には中城王子の居城となりました。さらにその後、小学校が開設されたり役場として使われたりしたものの、1945年の沖縄戦にて焼失してしまいます。しかし、戦争により受けた被害は他のグスクよりも少なく、原形が大きく損なわれることはなかったそうです。戦後は沖縄初の公園となり、県民の憩いの場として使われることになります。
そんな中城城跡の特徴といえば、沖縄でおなじみの石である琉球石灰岩(サンゴ礁で作ったもの)を使った圧倒的な美しさを誇る石造建築です。石積みで描くアーチなど、世界遺産に登録されるのも納得の石造建築で、その素晴らしさは、かの有名なアメリカのペリー提督にも賞讃されたほど! もちろん城内からの眺めも最高で、太平洋や東シナ海、勝連半島や知念半島などをバックに記念撮影することもできますよ。
このほか、城ヨガに参加してみるのもおすすめ! 爽やかな朝日を浴びながら、もしくはロマンチックな満月を眺めながらヨガを楽しむことができます。世界遺産を前にヨガなんて、贅沢な時間を過ごせること間違いなしですね。開催日については「城ヨガin北中城Facebook」で確認できます。

巨石からひしひしと伝わるパワー。琉球が誇る最高の聖地 斎場御嶽

斎場御嶽

南城市にある由緒正しき聖地・斎場御嶽(せーふぁうたき)は、琉球王国の創世神・アマミキヨが造ったとされる琉球王国最高の聖地です。ここから望めるのは、神の島として知られる久高島。琉球王国時代、国家的な祭事の際は久高島の白砂をこの御嶽に敷き詰めていたそうです。そんな斎場御嶽が昔は男子禁制だったという話は、わりと有名なお話。
斎場御嶽には、複数の巨石でできた三角形の空間が特徴的な「三庫理(さんぐーい)」をはじめ、全部で6つのイビ(神域)があります。どのイビにも独特の雰囲気があり、実際に足を運んでみれば、斎場御嶽が人工的に造られた場所ではないことを実感できるはずです。訪れた方の中には、素敵な恋が実ったり、理想の結婚相手が見つかったり、子宝に恵まれたりした方もいるのだとか! 木々の隙間から差し込む光を浴びながら、世界遺産をゆっくりのんびり歩いてみましょう。

首里城の一角に、ひっそりと佇む御嶽の拝所 園比屋武御嶽石門

園比屋武御嶽石門

写真提供:首里城公園

世界遺産・首里城跡。メインの首里城の建物である首里城正殿までの道のりにある園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)は、国王が外出する前に安全祈願を行っていた拝所です。琉球王国最高位の神女・聞得大君が斎場御嶽で即位式を行う際、1番目にお参りをした場所もここだったといわれています。竹富島出身の役人・西塘の手で1519年に創建されました。
そんな園比屋武御嶽石門は現在、安全祈願の効果大なパワースポットとして知られています。自由に立ち入りできるので、元気を貰いたいときや気持ちを沈めたいとき、また旅の安全を願いたいときなどにそっと手を合わせてみてください! きっとパワーを貰えるはずです。
ちなみに園比屋武御嶽石門のほかにも、首里城にはいろんなパワースポットがあります。たとえば、「瑞泉門(ずいせんもん)」の横にある龍樋もそのひとつ。龍樋は沖縄戦において首里城の中で唯一焼失しなかったことから、強運を引き寄せたいときにおすすめのパワースポットといわれています。このほか、「首里森御嶽(すいむいうたき)」や「奉神門(ほうしんもん)」は安全・繁栄祈願のパワースポットです。

シーサーがお出迎え! 仰々しく美しい王家の墓 玉陵

玉陵

写真提供:首里城公園

玉陵(たまうどぅん)は、琉球王国で50年もの間国王を務めていた尚真王(しょうしんおう)が父・尚円王の遺骨を改葬するために築かせた陵墓です。墓室は3つに分かれており、創設当初は洗骨後の王と王妃を東室に、それ以外の方々を西室に葬っていたそうです。
中室は洗骨前の遺体を安置しておく場所とされていましたが、じつはこの中室には謎の厨子甕(ずしがめ)があるといわれています。厨子甕とは、故人の骨を納める壺のこと。玉陵の中室にある厨子甕は尚家に仕えた忠臣・木田大時(むくたうふとぅち)のもので、時の国王によって特別に入れられたという言い伝えがあるのだとか。
そんな玉陵の屋根には、魔除けのシーサーが3体置かれています。墓の中に眠る者たちを守るように鋭い目で睨みつけるシーサーはかなりの迫力! 玉陵を訪れた際は、シーサー一体一体の表情にも注目してみることをおすすめします。
玉陵から約10分の場所には日本の道100選にも選ばれている「金城町の石畳道」や、樹齢200~300年のパワーを感じられる「金城町の大アカギ群」といった観光スポットもあるので、ぜひ足を延ばしてみてくださいね。

自然豊かな沖縄を切り取ったような庭園が魅力 識名園

識名園

写真提供:OCVB

琉球王家最大の別邸として、1799年に創設された識名園(しきなえん)。国王一家の保養や外国使臣の接待などに利用されていました。首里城の南側にあることから、南苑と呼ばれることもあります。

廻遊式庭園

写真提供:OCVB

識名園の特徴は、日本ならではの造形「廻遊式庭園(かいゆうしきていえん)」であることや、中国風のデザインを取り入れた石橋や六角堂など、さまざまなスタイルが随所に混ぜ込まれているところ。はるか昔から、中国と良好な関係を築くために多くの冊封使との交流を図ってきた琉球王国ならではの空間といえるのではないでしょうか。

こうして見ると、沖縄のグスクは石積みの城壁で囲まれているところが多いことが分かります。世界遺産巡りをするときは、沖縄と本土の城跡・建造物の違うポイントを探してみるのも楽しいかもしれませんね。
そしてワンポイントアドバイスとして、世界遺産を訪れる際は歩きやすい靴をチョイスしておくことをおすすめします。
国際通りや沖縄美ら海水族館などの有名スポットとはひと味違う、世界遺産ならではの神秘的な雰囲気を、ぜひ全身で感じてみてください。

投稿:2017年1月23日

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